プロフィール 神奈川県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒。2008年10月、最短2分でオンラインストアを作れるサービス『STORES.jp(ストアーズ・ドット・ジェーピー)』などを運営する 株式会社ブラケット(現ストアーズ・ドット・ジェーピー株式会社)を創業し、2013年8月にZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイへ売却。2016年10月にスタートトゥデイ社に対しMBOを実施、同月、ブラケット社の取締役会長に就任。2017年2月に株式会社バンクを創業し代表取締役に就任。2017年6月に目の前のアイテムを瞬間的にキャッシュに変えられるアプリ『CASH(キャッシュ)』をリリース、同年10月に株式会社DMM.comへ売却。2018年2月にコイニー株式会社とストアーズ・ドット・ジェーピー株式会社の持ち株会社であるhey株式会社を設立、取締役に就任。現在に至る。

イギリスで過ごした青春時代

学生時代の事を伺いたいのですが、帰国子女なんですよね?

10歳から18歳までヨーロッパに住んでたんですけど、最初の4年は父親の仕事の都合でデンマークにいました。そこで親は日本に帰ることになったんですが、僕は一人ヨーロッパに残ることを自分で決めて、中学3年生の時に寮があるイギリスの高校に引っ越しました。

アメリカンスクールに入ってたんですが、向こうの高校を卒業する時に、8年ヨーロッパに住んでたので、このタイミングで日本に帰らないと一生帰らないんじゃないかと思って、僕は日本が大好きだったので、これから日本で日本人としてやっていくためには、ちゃんと日本で勉強した方がいいなと思って、大学は日本に入ろうと決めました。

高校生でインターネットビジネスを経験する

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光本さんのインターネットとの出会いはいつ頃でしたか?

イギリスの高校って、夏休みが3ヶ月あるんですよね。大体日本に帰ってきて、海外にいて買えない分、興味のあるブランドの服を買い漁ってました。当時は裏原系が大流行で、大人気なのですごく並んでいて。そこで色々買うんですけど、高校生なのでお金があるはずもなく、1着買えば次はもう買えないぐらいの中でやりくりしていて。当時はまだヤフオクもなければ、個人が物を売る手段なんてなかったのでなかなかお小遣いも増やせかったんですよ。

その時から既にインターネットに興味はあって、家のパソコンで遊んではいたんです。

BBSという電子掲示板があって、よくそこから情報収集をしていたんですが、ある時そこで物を売っている人を見つけたんですよ。

こんなんで売れるのかな?と不思議に思って、試しに自分の着た服を「使用済みですけど買う人いますか?」とメアドを載せて書き込んでみたんです。モジュラージャックといって、電話線にパソコンを繋いでたぐらいの通信環境なので、当然画像なんて重くて扱えない中で、Tシャツの柄を文字で精一杯表現して(笑)。

そしたら、地方の人に速攻で売れたんですよね。それも新品で買った時の値段で。これはやばいと思って、さっそく次の日に朝5時半に家を出て、数時間かけてお店の前に並んで、オープンした瞬間にTシャツを何枚か買い、家に帰ってまた掲示板に書き込んでみたんです。そしたら2時間前に5,000円で買ったTシャツが、25,000円でぽんぽん売れました。

安く仕入れて高く売る、そして利益を得るというビジネスの根本に初めて触れて、純粋に超楽しかったですね。あと買う人が皆地方の人で、距離を超えて物の売買ができてしまうインターネットってすげーと思いました。

味をしめてそれからは毎日裏原に通って、一つの柄一人までという制約があったので違う柄のTシャツを5枚ぐらい仕入れて、それを家に帰って速攻売る。さっきの計算で言うと、Tシャツ1枚あたり利益が2万円なので日給にすると10万円。それを暇な夏休みの期間ずっとやってました。

ECサイトがないので、キムタクがドラマで着た裏原系の服を買うには、地方に住む人達からすると、原宿に行くしか手に入れる手段がないんですよね。

時間が経つと競合が出てきて、当たり前ですよね、だって書いたら速攻で売れるわけですから(笑)。そうこうしているうちにヤフオクが出てきて、ヤフオク使って同じような事もしてみたんですが、競合が増えすぎてなかなか売れなくなってきて。

強烈なビジネス体験ですね(笑)。それから日本に帰国されて、大学時代は何をされていたんですか?

大学生の時もおままごと程度にはインターネットサービスを作ってました。

今でいう翻訳のクラウドソーシングで、電子掲示板で「翻訳の仕事あげます」と謳って、応募してきた日本中の翻訳者のメールアドレスをエクセルでリスト化したんです。

今と違ってインターネットもほぼなくて、地方に住むフリーランスの人って仕事を探す術すらなかったので、募集したら結構すぐに人は集まって。

もちろん個人ですが、あたかも翻訳会社のように「翻訳承ります」みたいな内容でホームページを作り込んで。1999年とか2000年ぐらいなので、企業がホームページを持ち始めるちょっと手前ぐらい。数が少ないので僕がちょっとそういうページを作ると、めちゃくちゃ検索の上位に出てくるようになりました。

すると、大企業からびっくりするぐらいの規模の翻訳の仕事が来ちゃったりして、それを単純に細かく区切って、会ったこともない地方の翻訳者の人に仕事を投げるんですよ。一週間後ぐらいに戻ってきたものをがっちゃんこして、英語であれば自分で内容をチェックできたので最悪自分でクオリティを担保して納品をしていました。大体1案件300万円とかで受注して、150万で地方の翻訳者に発注したりして、まぁ簡単に言うとクラウドソーシングですよね(笑)。

他にもベンチャーのインターンとかやってました。翻訳事業はおままごとみたいなものだったので、起業自体にはやっぱり興味があったので。

大学1~3年生の時は、ビットバレーのようにスタートアップがたくさん出始めて、日本のインターネットの第一ウェーブが来ている頃だったので、純粋にすごく興味がありました。色々な交流会に顔を出していたのですが、学生なので可愛がってくれて、これから会社立ち上げるぜっていう人達のお手伝いを登記のタイミングからさせてもらったりしてました。

今考えると学生としては十分すぎる程稼いでいて、お金を稼ぐ楽しさをゲームのように感じ取っていて、超楽しいし刺激的!と思っていたので、卒業したら起業してこれをずっとやって行きたいなと思っていました。

一からビジネスを学び直すために就職

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それだけ大学生の頃から色々されていて、どうして就職の道を選ばれたのですか?

まず前提として、ベンチャーに入るくらいだったら、自分でやろうと思っていました。

学生時代におままごとのように事業をいくつかやっていた際に、大企業との取引の場面は多々あったんですよ。例えば翻訳事業では、いざホームページを作ってみたら大企業から驚くほどの金額で発注が来ていた時期もありました。でも運営の実態は一人の大学生。当時の僕には大企業の人達とどのように接して良いのか分からず、対等にやりあえなかったという反省があって。

どんなに小さなベンチャーでもビジネスである以上は、大企業との取引は今後も避けては通れないだろうなと。であれば、一度大企業に入って大企業の事業や組織の構造、基礎的なビジネスの作法を一度学んだ方が、おそらく自分で会社をやる時にきっと活きると思ったんです。

つまり、大学で色々と経験したからこそ、就職の必要性を感じていたんですね。その上で、どうせ大企業に就職するのであれば、組織やビジネスの中身をできる限りたくさん見たいと思ったんです。欲張りな性格なので、一つの場所で様々な会社の様々なビジネスの実態が見れる場所が良かったんですよね。

最終的にはどのように就職先を選ばれたのですか?

色々な業種の選択肢を検討する中で、David Oglivy(デイヴィッド・オグルヴィ)という、当時イギリスの広告業界で「広告の父」と呼ばれた人物の本を読んで、広告業界に興味を持っていました。

当時の日本の広告会社はメディアを売るのが仕事。メディアのスペースを売るという、不動産なんかと同じ土地や場所を売るような業態で、クライアントの中身が見れなかったんですよね。

一方で外資系は、メディアを売るというよりは、「自分の時間」を売る。つまり、どちらかと言えば弁護士のようなビジネスモデルで、クライアントの組織に入り込んで、マーケティングをハンズオンで手伝うような形。どちらがより多くのビジネスに触れられ、クライアントの中身が見れるかは明白で、結局、外資系広告代理店のOgilvy & Mather Japanに入社しました。

Ogilvy & Mather Japanではどんな仕事をされていたんですか?

営業を4~5年やっていました。新規・既存顧客両方ともやっていて、例えばノースウエスト航空とやAudi、Motorolaやevianといった企業のマーケティング支援が主な仕事です。マスコミュニケーションの施策も含めてなので、1億じゃ足りないぐらいの予算規模でした。

僕の性格上、何にでも興味が湧いてくるので、とにかく日々の全てが新しく、めちゃくちゃ楽しかったですね。色々な業界の様々なビジネスに対して、これだけ金額を使ってTVCMを打ってみる事で彼らのビジネスがどのように変化するかとか、競合とどう戦っていくかとか、他人のビジネスを自分事のように捉えては色々な施策を考えて、その結果を見て改善のサイクル回した上での日々の変化を見ているのはものすごく面白かったですね。

あと往往にして、MTGの場には社長や役員クラスの偉い人が出席されるんですが、僕みたいな若造がそんな方達と出会える場なんてそんなにない訳で。彼らの豊富な経験に裏打ちされた考え方を、同じミーティングの席で常に見れたのはすごく貴重な経験でしたね。

事業の着想はサービス一つで新しい市場を創り出せるか

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そんな中でも独立の決め手はどのようなものでしたか?

実は、僕はもっと早く辞めるつもりだったんです。それでも5年くらい勤めたのにはいくつか理由があって。

一度辞めようかと思った時に、新卒の時から育ててもらった上司から「俺も辞めるから、俺が辞めるまではいて一緒に辞めよう」と言われて、じゃあ分かりましたという事で1年残ったら彼の方が先に辞めちゃって(笑)。

明確なきっかけで言うと、やりたい事が見つかったからというのが大きいです。

僕がOglivyを辞める直前の担当がAudiだったのですが、当時はリーマンショックのど真ん中。(僕2008年の10月に起業してるので) とにかく車業界全体が前年対比50%減みたいな最悪の状況で、とにかく車が売れないとめちゃくちゃ騒がれていた。一応マーケティングの会社だったので、手元にあった色々なデータで実際に調べてみると、興味深い事実が分かったんです。

日本には大体6,000万台の自家用車があるんですね。人口1億2,000万人に対して6,000万台って、めちゃくちゃ多いと思うのですが、それが実際に乗られているのかで言えば、これは後のサービス開発のきっかけになってる数字なんですけれど、1日24時間を100%とした時に、車の稼働率って平均2.3%くらいなんですよ。つまり、24時間のうち97.8%は車は駐車場で過ごしている事になり、それが6,000万台と考えると、動いてない車の在庫が大量にあるわけなんですよね。

率直に、なんてもったいないんだと。車なんて売らなくとも、十分過ぎる程に在庫があるじゃないかと思いました。リーマンショックの煽りで車の保有が負担になり車離れも起こっていて、だったら使っていない車を人に貸してしまえばいいのにと思ったんですよ。

じゃあ一方で借りる側の需要については数字を見るには、レンタカー市場を見るのが一番分かりやすい。当時レンタカー市場は右肩上がりにどんどん伸びていて、どうやら借りる側の需要もありそうだと。この二つをマッチングすれば、借りたい人は安く乗れて、車を持っている人は、乗らない時に人に貸すことでお金が入ってくるのであれば、コストの軽減にもなるしいいよねということで、 この仕組みを作りたいと思ったんです。レンタカー市場も車の市場そのものもかなり大きかったので。

数字はうろ覚えなんですが、当時6,000万台の乗用車のうち、仮に20%の人が1年に1度だけレンタカーの半額程の価格で車を貸すだけで、レンタカーの市場をはるかに超えていて、これはやばいなと(笑)。

独立のための資金はどのように用意されたのですか?

最初、資本金は600万で立ち上げました。ただ、C2Cのサービスなので立ち上げるのに時間がかかるし、初めは売上が全然立たない。結局資金はすぐに無くなって、やばいなお金ないな死んじゃうなということで、親から300万程借金をした事もありました。

お一人で立ち上げたんでしょうか?

そうですね。 自宅をオフィスにしてひとりで立ち上げました。

これまで数多くサービスを作られてますが、どういった着想からサービスを思いつく事が多いですか?

基本的に、僕はネタって何でもいいんです。

それは僕が何にでも興味を持ってしまうからなんですね。これまでにも、結構バラバラな事業をやってきていますが、実は僕の中では一貫しているんです。それは、そのサービス一つで新しい市場を創り出すポテンシャルがあるかどうかです。例えばカフォレで言うと、それまでは車を借りたい人にはレンタカーという手段しかなかったわけです。でもカフォレが大きくなれば、新たに個人間のカーシェアリング市場ができるわけですよね。shoes of prayを作ったのも、今まで靴は既存品を買うしかなかったけど、自分の好きな形やデザインの靴をオーダーメイドするという、オンラインオーダーメイド市場を作れるポテンシャルを感じてたからです。

そのあとのModelTownという日本中の「モデル」と「モデルを必要とする企業」のマッチングサービスにしても、モデルにはプロの市場しかない。これからECサイトが増えてくるというタイミングで、ネット上でモデルを使いたいという場面があった時に、企業や店舗は気軽に安い価格でモデルを発注できなかった。モデルの事務所(代理店)に電話をして、モデル使いたいなんて言えば、無名のモデルでも100万~200万円という金額がかかるんですよね。

一方で中小企業ではちょっとしたプロモーションにモデルを起用したい需要は多くて、さらに他方では、モデルになりたい卵みたいな子がたくさんいるので、アマチュアのモデル市場は成り立つポテンシャルが十分にあるのではないかと思ったんですよね。

ECも同じで、結局サイトを一つ作るのに知識や技術、デザインを含めるとお金がめちゃくちゃかかっていたので、ECサイトを自前で持てたのは当時大企業くらい。でも個人や中小企業でオンラインで物を売りたいと言う人はたくさんいて、そこを解決するサービスを作って普及させることで、 簡単なEC市場を作れるのではないかなと思ったんですよね。

僕は、今までにないものを作りたい。それによって一つの市場を作りたい。それが一番の興味であり、僕が何かを作るときに一貫している部分かもしれないですね。

ビジネスとしてやる以上は儲けないと意味がない

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事業を生み出す上で、普段何を考えて、どのようにアンテナを張っているのでしょうか?

今までもこれからも、自分が普通に生活をしていて不便に思う事や感じた課題、疑問や需要から作ることが結果として多いと思います。

ただし、最近はもう少し客観的に見れるようになってきていて、これまでたくさん事業を作ってきて、たくさんの失敗をしてきて思うのが、結局事業やサービスを作る上で重要なのは、市場選択とタイミングだけだと思うんですよね。

たまにとても流行っているのに全く儲かっていないサービスってあるじゃないですか。

僕は株式会社としてやる以上は儲けないと意味がないと思います。ビジネスとして確かに稼げるポテンシャルのある市場を選ばないといけなくて、市場の選択で言えば僕はその観点で選んできたと思います。

一方でやはりタイミングというのも重要。でもどちらかだけが当たっているっていうのも良くなくて、結局事業は市場選択とタイミングの両方のバランスだと思うんです。

それで言うとカフォレは圧倒的に早すぎました。需要はあるし市場もある、言ってしまえばAirbnbの車版でしたからね、絶対的に市場はありますよね(笑)。

ブラケットを買い戻した時に、僕は代表を退いて、新しいビジネスを考えようと思ったんです。何をやるかは全く決めていませんでしたが、それがとにかく楽しかったんです。だってこんなにニュートラルに、どんな業界のビジネスでも作れる機会やタイミング、場って、なかなかないじゃないですか。だから医療、教育、金融に小売と、とにかく色々な業界を調べまくまくりました。先程も言いましたが、僕は何にでも興味があるのでどれにもワクワクするんです。こういう業界だったらこのビジネスを作りたいというのが見れば見るほど浮かんでくるので、ネタもなんでもいいし、とにかくネタ自体がたくさん出てくるんですよね。

たくさんのアイデアの中から、どのように事業を絞り込んでいくのですか?

結局事業は市場選択とタイミングなので、色々と調べた中で、僕はこの業界だったらこういうビジネスというネタを一つずつ作っていきました。それが2016年の終わりぐらいですかね。そろそろどれかに決めようという時に、タイミングという観点で考えると、僕は2017年はお金の年になると思っていたんです。なのでお金をテーマに扱うバンクという会社を作りました。

僕は少額資金のニーズを超簡単に解決してあげるという事業をやりたくて、その表現方法がCASHだったという話です。なので、買い取りの事業や二次流通の市場自体に興味は正直ありませんでした。とにかく僕が解決したかったのは、少額資金のニーズだったんですね。

2017年のトレンドを予知されていた訳ですね。なぜお金の年になると?

特別何かロジックがあったわけではありません。

2009年くらいからインターネットの世界に住んでいる者として、昔よりは半歩や一歩先の流れやトレンドがなんとなく予測できるようになってきたという感じです。

しっかりと説明できなくて申し訳ないのですが、空気感的として思ったんです、2017年はお金の年だと。結果的には、お金の年というよりは価値の年というのが正しいでしょうか。 お金の年になると思ってやりましたが、結果としてお金&価値の年になって、思った通りにはなったかなと思います。

仮想通貨が盛り上がりましたが、あれも目の見えないものに対して価値をつけるものですよね。結局今年の後半から、一気にその流れが加速したと思います。VALUやpolca、タイムバンクみたいなサービスもそうですし、僕達のサービスもそう。

今まではお金というものが絶対的な価値でしたが、お金以外のものに対しても価値がつく世の中に一気になってきたというのがこの半年のトレンドだと思います。

私生活ではここ解決したいなみたいなものもあるんですけど、やっぱり出すタイミングも重要なんで、客観的にこのタイミングで出すならどれがいいのかなっていう見方で次の事業を決めるという風になってきていると思います。

センスの良い人に投資したい

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エンジェル投資を始められたきっかけは?

僕は、先ほどもお話したように何にでも興味があって、常にこの業界だったらこの課題解決をしてみたいとか、こういうサービスを展開したらいいと思う軸が色々あります。それらと同じような観点で課題解決しようとしている起業家の方に出資させて頂いていることが多いです。

やっぱり僕も体は一つなので、なんでもかんでもできるわけではない。やりたい事を既にやろうとされている方がいるのなら、その方に端っこなりにでも関わらせていただいて、その旅にジョインさせてもらえたら嬉しいなぁという感覚ですね。

それにせっかく乗せてもらうのであれば、どこまで力になれるかは分からないけど、少しでも役に立つと思うなら、出資を受けいれてくださいというスタンスでもいます。

今は何社くらい投資されているのですか?またその基準はどのようなものでしょうか?

多分10社ぐらいですね。

後はその市場とか課題解決とかの観点に限らず、この人センスがいいなと感じる人にも出資させていただいたりしてます。

結局僕は、センスもとても重要だと思っています。タイミングと市場選択もセンス、デザインもセンス、事業のパッケージングもセンスだし、複数の人が同じサービスを作っても作る人によって全然別物ができますよね。完璧にパクっていたら別ですけど。 事業はパッケージングだと思っていて、そのセンスがある人かどうかというのは大事です。

社員を雇う時の基準も同じで、経験や知識、技術よりも究極的にはセンス。エンジニア一人で選ぶにしても一個のものを開発するにしても、どのように設計をして、それを実現するかにしても、その人のセンス次第で全然違いますよね。センスがいい人を採用したいし、一緒に仕事がしたいと思いますし、それは出資に関しても同じです。センスというと抽象的だし、数字で表しにくいので難しいですが、僕の出資の一つの軸は、この人センスがあるなと思えるかどうか。

例えば、この課題によく気付いたなぁとか、ここまでよくサービスを作り込んでいるなぁなぁとか。

よく投資するステージは?この起業家は会おうと思う基準は?

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ほとんどがシードです。

そもそもエンジェル投資をしている事をあまり言わないので、紹介もそんなには多くないと思います。事業として興味がなければもちろんお会いしませんが、そうでなくとも可能な限り会いたくないと思います(笑)。

なぜならば、会って話を聞いちゃったら、断るっていうプロセスが発生するのが本当に嫌なんです。なので本当に興味がないと会わないです。

投資先からの相談事はどういうもの多いですか?

僕は結構、新規事業のタイミングで相談される事が多いですね。

色々なタイプの投資家がいる中で、僕は事業をずっと作っている側なので、起業家の観点での話をする事が多いです。

そんなつもりはありませんが、他の人と比べるとコメントの軸が違うとか、ぶっ飛んでいるから新しい発想もらえてすごく助かりますというコメントはよくいただきます(笑)。

僕は今までに、外部からお金を調達したことがないんです。

基本的にはDay1から稼ぐことを考えます。なぜならば、稼がないと死ぬからなんですよね。若い頃から自分で事業をやってきて、稼がなきゃというのが体に染み付いてしまっているんだと思います。

比較的他の方は、お金を調達してぶっこむ!みたいな人が多い気がしていて、もちろん悪いわけではなく、今この日本の調達環境であればそれは大切だし、やった方がいいと思うんだけれど、同時に事業としても作っていかなきゃいけない中で、どのように堅く稼ぐかとか、新しい稼ぐ軸を作るのかみたいな話をすることが多い気がします。

光本さんご本人からアドバイスをすることも?

必要な時だけ声掛けてと言っています。僕から連絡することはまずないですね。なぜならば僕自身が、ごちゃごちゃ言われるのがとにかく嫌いなので(笑)。

自分自身がレポートするのとか本当に嫌いなので、だから何か聞いたりとか求めたりはしません。求められたら、じゃあご飯や飲みにでも行ってブレストなり話を聞いてあげるというくらい。

結果的に連絡しなさすぎて、投資した事を忘れちゃう事もあります。だから今何件投資しているかという質問にはすぐに答えられないです(笑)。

変な話、本当に出資を生業とするのであれば、僕自身に投資をするのが一番リターンがあると目に見えて分かっているんです。なので他人に出資をするという事は、ちょっと儲けようとか数字をよこせとか、そういう目的では全くないんですよね。

生涯起業家。起業家として起業家を応援する

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光本さんの今後の展望を教えてください。

色々と話しましたが、エンジェル投資そのものに対しては否定的ではありませんし、いい出会いと良い機会があれば続けていきたいとも思っています。

僕は生涯、ずっと事業を作っていくと思います。自分でこういう風に言うと、オレオレ感があって変な感じですが、たぶん僕はずっと起業家としてやっていくので。

厳密には僕はエンジェルじゃないと思っているので、僕から出資を受ける人はエンジェル投資家から投資を受けるというよりは、起業家光本から応援されている、という感覚が近いと思います。

結果的にその行為がエンジェルだとは思いますが、少なくとも僕はエンジェル投資家として出資するのではなく、同じ起業家として、違う起業家を応援しているんだという心持ちでいます。

最後に、起業家に向けてメッセージをお願いします


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